2011/12/03 NEW! No.7「リンゴの自然栽培」
リンゴと言えば、アダムとイブ、ウィリアム・テル、ニュートンの万有引力の話に登場したり、ビートルズのアップルレコード、今話題のスティーブ・ジョブズのアップル社など社名の一部になったりと、聞きなれた親しみのある果物です。最近、書店に行って何気なく見渡していたら「奇跡のリンゴ」という文庫本1)が目につき買い求めました。主人公は青森弘前市在住のリンゴ農家の木村秋則さんです。その内容は無肥料、無農薬でリンゴを実らせる壮絶な挑戦の話です。家族および本人が農薬の毒性の影響で皮膚疾患を発症したのがきっかけでした。(私の子供のころの記憶ではリンゴ畑から頂戴したリンゴはその表面に付着している白い農薬を洗い流して食べるイメージしかなかったので驚きでした。)
その挑戦は8年も要し、その間、畑は荒れ、虫の宝庫となり、周囲からは気が狂ったとの陰口をたたかれ、無肥料・無農薬にこだわる頑迷さのため、経済的にも精神的にも困窮し死を覚悟するまで追い込まれるといった壮絶さです。無農薬、無肥料を始めて数年後リンゴが病と虫に負けて枯れるのをみて、とうとう覚悟をし、ロープを持って山を登って行った。ところが、その途中偶然生き生きとしたドングリの木に遭遇した。この木には農薬、肥料は施されてはいないはずだ。逞しい野生の木でその周りは草ぼうぼうで土はふかふかで柔らかく湿気があった。虫にも食われていない。「そうだ、この土をつくればいい。いままでは、木の上のことしかみていなく、雑草を刈り、葉の状態ばかり気にしていた。2)」
ここで少しばかり、いい土はどのようにしてできるのか調べてみた。畑に加えられた落ち葉やワラ、堆肥などの有機物を、ミミズやダニなどの土壌生物が噛み砕いて消化管を通し、一緒に食べた土の粒子と混ぜ合わせたものを、糞として外に出す。その糞にさらにたくさんの微生物が働いて団粒構造をつくり上げる。団粒構造には無数の細かいすきまがあり、毛管力でそこに水分を保っている。大きな糞の粒と粒の間には大きなすきまができていて、そこを通して水をはかせ空気を入れる。このような土のなかで植物は水分、空気、栄養を求めて根をのばしていく。3)このように黒っぽくて柔らかい何ともいえない匂いのする土が生成されるらしい。農学校出身の「雨ニモ負ケズ」の宮澤賢治は土を食べた(舐めた?)との逸話があるが、この行為で土の成熟度を確認したとすれば納得できる。
木村さんは以前よりリンゴの木に毎日声かけ、虫とりをしながら、木の観察をしていたがそれ以降、落ち葉とか枯れ枝が朽ち、それを微生物が分解し土作りをやっているので下草を刈らない。また雑草には土の温度を一定に保つ効果があるらしい。そしてリンゴ畑の数か所に大豆を植え、根粒菌を利用して空気中の窒素を固定しリンゴに養分を供給している。とうとう無農薬、無肥料を始めて9年目の春、長い間病気と虫にさいなまされ、花の咲かないリンゴの木に数個、花が咲いた。それを見て木村さんは感激のあまり、お酒をリンゴの木に注ぎ、ご自分もご相伴にあずかっています。そして収穫できたリンゴは糖度二十四度もあり、まさに「奇跡のリンゴ」となったのでした。
木村さんは「米」の自然栽培も行っています。2)やはり肥料は使いません。肥料を施しているイネのほうは根の生育と関係なく養分がたくさんあるので、一時的には根が小さくても大きく生長するが、イネは過保護になって節ももろく、イモチ病などの発生につながります。自然栽培のほうは根が太く、天候不順の影響はあまり受けず、冷害にも強い。自然栽培で育てた作物は根が縦横無尽に走り、細い根毛が養分を吸い上げる。
木村さんは言う。「自然はものを言わないから、こっちがそれをとらえる感性を磨いていないと」。「人間はせいぜいその作物の営みがスムーズにいくように環境を整えてやるしかできない」。「農薬を撒いてどんなに自然の調和環境から逸脱して本来の姿から変質させてきたのか」。自然栽培には愛情をもって手間暇をかけることが必要で、ほったらかしではいけないとも言っています。木村さんの作物への対応と作物の関係は「子育て」という観点からみても何か示唆するものがあるような気がしてなりません。
(追記)
木村さんの話はNHKの「プロフェショナル 仕事の流儀」で2006.12.7に放送されました。この放送はNHKのオン デマンドで今でもみられます。
・参考文献
1)石川拓治、2011「奇跡のリンゴ」幻冬社
2)木村秋則、2009「リンゴが教えてくれたこと」日本経済新聞出版社
3)久馬一剛、2010「土の科学」鰍oHP研究所
(立花)