2009/06/17 No.2「太平洋の見える町から」
私は今、海沿いのさびしい町に住んでいます。仕事場の前が太平洋で、入り江になっていないので水平線が弧を描いている壮大な海を毎日目の前にしています。波、海水の色に変化があり、湖面のようにさざ波であったり波高が5mぐらいの荒波であったり、黒〜群青までの色の変化があったり、それらにお天道様やらお月様が海面に装飾を加えたりと山育ちの私としては飽きがきません。どこかで天気が悪いと海が荒れて波が高くなったり、太陽光の強さ、海水の深度次第で太陽光の散乱線が変化し海水の色が変わるのであろう。そもそも、天気の変化は冷たい空気・水(主に海水)と暖かい空気・水がぶつかった面でのエネルギーの交換時に生じる変化であろう。エネルギー交換が終了すると、天気は穏やかになり凪いだ海となると考えられる。「茶の本」を著した岡倉天心1)はいまにも波しぶきがかかりそうな崖の上の「六角堂」で思索に耽っていたが、大自然に対し人間は無力であり、そのような現象に畏敬の念を感じていたのであろう。情報の少ない紀元前後の人間社会ではこのような自然現象に恐れおののき抗する手段もなく、ギリシャ神話、日本神話にでてくる八百万の神々の登場もむべなるかなである。
今、世界は大不況である。時代の風にもう吹き飛ばされそうである。ブリザード並みである。四つん這いで前に進むしかないのか。それとも、堅固な建物の中でじっと耐えるしかないのか。このような状況に対して知恵を働かせなければいけない。以前、子供が塾に行っていた頃宿題に次のような問題があった。山から海に向かうなだらかな斜面があり、どこに集落ができやすいかを問うものであった。答えは海に近い低地であった。理由は山からの地下水が地表面に近くなり井戸を掘ると水が出やすいためとのことであったように記憶している。日本人が中国、インド、アフリカなどの砂漠で植林に貢献しているとの話しがよく報道される。しっかり地中に根を張るアカシヤとかユーカリなどが植えられる。根が地下水まで到達し、水分を吸い上げ太い幹を天に伸ばす。同様にいまもどこかでで、不遇の身に耐えつつ悔し涙を肥料にして、志の根を地中深く張っている人がいるだろう(読売新聞 編集手帳)。逆境をプラス思考で乗り越えなければいけない。
最後に気になった言葉を取り上げる。モンテニュの著作より「それにしても我々はたいへんな馬鹿である。『彼はその生涯を何もしないで送ってしまった』とか、『私は、今日は何もしなかった』などと言う。なんだというのだ。あなたは生きたのではなかったか」(北杜夫著 どくとるマンボウ青春記)。
後援会は時代の風からの防風林となるべく、独自の奨学制度を検討しているところです。 (立花)
付録
ノーベル賞受賞者の南部陽一郎氏は東京大学の入学式の祝辞で「学校の成績と社会に出てからの成功度とは別物。人はボルトやナットのような規格品であってはつまらない」とのコメントを寄せたそうである。逆境をプラス思考で乗り越えるためにはブランド志向を捨てなければいけない。大学進学を目指す者にとっての一番の魅力は何といっても東京大学である。有用な頭脳の持ち主の集まりであるのでブランドを捨て、是非頑張ってほしい。余談になるが東京大学を作ったのは江戸城無血開城で有名な勝 海舟2)だそうである。作ったというと大げさに聞こえるが頭取であったばんしょしらべどころ蕃所調所が基になったことは確かのようである。激動の幕末から明治維新も大変な時代であった。社会体制の変化、価値観の転換など。
1)岡倉天心―東京美術学校(東京芸術大学の前身)の開校準備に奔走。二代目の校長
http://www.tenshin.museum.ibk.ed.jp/okakura/index.htm
2)勝 海舟―蕃所調所頭取(立花 隆著 天皇と東大 )
追伸 今回で2回目の投稿となりましたが、次回よりは新鮮な頭脳の持ち主に担当が変わります。拙文お読みになって頂きありがとうございました。